Before Act -Aselia The Eternal-
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07:00 A.M.- すぐ近くでありながらも白む視界にラセリオの街は存在している。 レイヴンたちはあと一歩手前まで来て一旦歩みを止めていた。 「俺はこれから必要な物資を調達してくる。お前達は街を迂回してリュケイレムの森で待機、合流予定時間は太陽が最頂点に達した時だ」 「大体の場所はどうするんですか?」 「街とサモドア山脈の対称方向に。森から見ればそれほど難しい条件ではない」 リアナの質問に顎でサモドア山脈を示して答える。現在の周囲の視界は朝霧でそれほどよく見えない。 だが時間が経てばラセリオの向こう側にあるリュケイレムの森が見える事であろう。 「一応先に聞いておくけど、その後の予定って何があるのよ?」 既に流浪の身となっているシルスたちは、北西に向かう以外に具体的な案を聞いていない。 「まだ具体的な案は無い。今は必要な物を揃え、今後の為に準備するのが目的だ」 「そう。ならあたしたちは森でのんびりさせてもらうわ」 「そうしておけ」 そう言ってレイヴンは一人でラセリオへと向かう。 「それじゃあ、あたしたちも行くとしますか」 「ええ」 「うにっ」 07:11 A.M.- 「こうして街を通らずに回り道をして目的の場所に向かうのって面倒ね…」 「神剣の気配を消すために加護なしだから余計にそう感じられるんかもしれないですね」 ラセリオから一定の距離以上を保ちながら人目を忍んでリュケイレムの森へと向かうシルスたち。 朝霧が晴れる際の温度低下に視界の広がる暁の光の視覚効果以上の肌寒さを感じる。 それも相まって普段よりも気配に気を配っているために一歩一歩に集中してしまい、時間の経過に繊細になっていた。 「それもあるでしょうけど、元々こうした遠征みたいに歩くなんて事が無かったから慣れてないだけかもしれないわね」 「それも一理あるかもしれないですね」 「リアナとフィリスは慣れてるようだけど、やっぱりバーンライトに来る前までは歩き回ってたの?」 「う〜〜〜ん……それはないかなっとは思いますけど…」 シルスの質問に少し空を見上げてリアナは答える言葉を探す。 シルスからの主観的な視点からはリアナとフィリスは何の苦も無く歩いているようであった。 「強いて言うならば、砂漠を横断して龍退治にミライド山脈に――」 「言わなくていい。ごめん、余計に歩くのが疲れそう」 以前にも聞いた事を思い出したシルスは数々の突拍子のないリアナたちの生き方に早くも精神的に疲れてきた。 「そう? 砂漠を渡る時のエピソードとあわせてレイナについてもお話しようと思ったんですけど…」 「森についてから聞くわ。興味はあるんだけど今は歩くのに早くも疲れたくない」 「残念。ね、フィリス」 「うんっ! とってもあつあつだった!」 本当に少し残念そうにするリアナにフィリスの簡素な砂漠横断時の感想にシルスは溜め息一つ。 顔を上げればまだまだ晴れない朝霧と微かに見えるラセリオの街があった。 07:33 A.M.- 「検問はイースペリア方面が比較的厳戒態勢だが、それ以外の入り口はノーチェックか」 ラセリオの街中へと入ったレイヴンはまず街へと入る門の警備体制・人員数を確かめた。 バーンライトの侵攻が完全になくなった影響であろう。かなりの穴がこの街には存在するようになっている。 イースペリアが現在、大飢饉に見舞われているためにラキオスへの入国しようとする人々の警戒が主となっている様である。 「元々小国であり、サルドバルトへの食料流通によってイースペリアへの食糧支援は多くは出来ない」 「それでもエーテル技術欲しさに止めない理由もないからね〜」 「むしろ今がより多くのエーテル技術を手に入る時期だろうな」 「そうなんだよね〜。うちのお父さんもそれで最近お母さんと…はぁ」 いつの間にか会話となっているレイヴンの話し声。 彼の傍らには一人の少女がレイヴンと同じ方向を見ながら溜め息を吐いていた。 「朝が早いな、セリア」 レイヴンが見下ろすと少し青みがかかった髪の毛を赤い紐でリボンを作った小さなツインテールの少女。 少女の大きくも少し釣り目がちな瞳がこちらを見上げてくる際にリボンが愛らしくふりふり揺れる。 「それはお互い様〜。お久し振り、ネウラ」 お互いに知り合いな二人。 少女はセリア・バトリで、レイヴンはセリアにネウラ・ニノウスと名乗っていた。 「今度はどんな用でここに来ているの。山道が使えないはずじゃ〜?」 「使えなく前にこちら側に来ていた」 「ふーん。それじゃあ諜報活動は一時中断なのかな?」 「いや、既にバーンライトと関係は絶った。今は必要物資の調達の為に来ているだけだ」 「そうなんだ。じゃあ家にでも来る〜?」 いつの間にか並んで歩き出していた二人。 セリアは自分で言った台詞の後に「きゃっ♪」と可愛らしい黄色い声をあげる。 「必要となれば、使わせて貰おう」 「ノリが悪いな〜」 「そんな事よりも――」 ぶうたれるセリアに澄ました顔のままレイヴンは朝早くから開店している露店の店員に声をかけて注文をする。 「どんな感じだ?」 「そうだね〜。…イースペリアが今の様子だから結構皆不安がってるし、バーンライトとの戦いで街はてんやわんやだったね〜」 「イースペリアの様な影響はあるのか?」 「ないよ〜。あるとすればエーテル施設と提携している施設関連が少し不安定になっててうまく機能してないくらい」 「そうか――」 頼んだ物をせっせと作って袋に詰めている店員の姿をセリアは背伸びをして中を覗く。 レイヴンはそれと同じ様で違い、虚空を見てセリアに尋ねている。 「それじゃあ今度はこっちから質問ね〜。何人連れなの?」 「三人だ。正確には言うとなれば三体の方が正しいかもしれんが」 「ふ〜〜ん…それはまた何でなんだろう?」 店員から差し出された袋を受け取り、中身を軽く確認してレイヴンは代金を硬貨で支払う。 「こちらが動いている最中に山道が封鎖された」 露店から離れ、レイヴンは袋の中の物をひとつ取り出してセリアへと差し出した。 「ありがと」 受け取ったそれはラキオス名物ヨフアル。 蜂蜜の香りがほのかにするのは生地に練りこんでいるためであろう。 「バーンライトでは既に俺の事や連れの事など度外視しているだろうな」 「ずいぶんと余裕だけど、初めから眼中になかったんじゃない〜?」 「それも一理ある」 ほふほふと食べながら話をする二人。会話そのものを聞く者は朝のまだ早い今の時間帯ではいない。 「それよりもさっきわたしが何で連れがいる事を知ってるのか聞かないの?」 「聞いてどうする。俺がこうして必要物資の調達をしようとしている姿から人数が居る事がわかったのだろう?」 「そうそう。ネウラ一人なら昼間に来て必要な物を揃えたらほいサヨウナラだろうしね〜」 「夜でも一向に構わないがな」 「…素で返されると反応しにくいんだけどな〜、いいけど。それよりもお父さんの所にでも行かない?」 07:53 A.M.- 「あれがリュケイレムの森ね」 シルスは彼方に見え出した生い茂る森林を見ながら呟いた。 太陽が地平線より丸い形を露わにした頃には既に霧は飽和温度限界を下回って消え去っている。 「広葉樹林が主な地域の様ですね」 「美味しい木の実がいっぱいありそう!」 木の葉が両脇に伸びるように生えているの確認してリアナが言うとフィリスが興味しんしんで答えた。 リアナは口元の手を添えて笑う。 「ふふ、そうね」 バーンライトやダーツィの地域では針葉樹林が生息地と繁栄しており、木の実もそれに合わせて食べられる物は比較的少なかった。 全国共通で知られる甘い果実のネネの実は広葉樹林科に属しているため、ネネの木があるかないかでも国の豊かさに影響がある。 「この国ではヨフアルとかいうお菓子が有名でその実も森から採取した木の実を人工的に栽培して採ってるらしいから、もしかしたそれもあるかもね」 シルスの図書館で読み漁った中から思い出すように補足したのでフィリスが瞳を輝かせる。 「待っている間に探してレイヴンに作って貰いましょうね、フィリス?」 「うんっ!」 かなりポジティブな考えをしているリアナとフィリスに溜め息混じりにシルスが話をする。 「それはいいとしてもよ? とりあえず今は街道の横断に気をつけなきゃいけないのよね…」 「ええ。首都ラキオスへと向い、夜までには確実に到着させるには朝には確実に通りますものね」 シルスとリアナが言っているのは首都ラキオスとラセリオを一直線に結ぶ街道。 朝という時間帯ではかなりの通行量となっている事を予想する。 「逆もまた然りね。首都からの荷物を運んで商売やら軍事輸送やらに限らず到着は朝が一番だろうし」 「街道の道幅にもよるでしょうけど、私たちの髪では直ぐに気づかれてしまいますね」 「神剣の加護を使えば一瞬で渡りきれるのに…こういう時は歯痒いわね」 歯噛みをするシルス。今の彼女たちは神剣の気配を完全に隠してラキオスのスピリットから身を隠している。 神剣の気配を隠すのと神剣の力を制限するのは比例するため、今の彼女たちは人間の中でもかなり優れた身体能力を有しているに過ぎない。 街道の幅が少しでも大きければ人間に姿を晒してしまう。 「いっその事少し危険を伴ってのイースペリア方面からのアプローチにすれば良かったのでしょうか?」 「今の時点ではどっちもどっちね。リスクとしてはそっちの方が大きいわ」 「? どうして〜?」 イースペリア側から迂回してリュケイレムの森へは少し遠回りになるが、街道を通る危険性がないのでその点は安全である。 それを何故危険なのか、聞いているフィリスが小首をかしげている。 「フィリスも今のイースペリアでは大変なことになっているのは知ってますよね」 「うん」 「イースペリアではそれらから逃れようとラキオスへと――つまりラセリオへと来ようとする人たちが大勢います。 その人たちを取り締まるために今はイースペリア側の関所では警備が厳重になっているはずなんですよ。 だからもし私たちがそっちから行こうとすれば見つかる可能性が意外と高い、わかりました?」 「う〜〜ん…」 リアナの説明を聞いたフィリスが理解しようと頭を回している。 「そしてさらにバーンライトから流れてくる川がラセリオの北最寄を東から西へと流れています。当然そのための橋がかかっていますが…」 「大きな橋が一つだけらしいのよ。つまりあたしたちは川を泳いで渡る以外にはその橋を必ず渡らないといけないわけ。それも人が大勢居る中を。 イースペリア側から回り込んでも結局は川を渡らないといけないから…要するに人の多さであたしたちが見つかる確率の違いが変わるってこと」 「…シルスー? 私の説明を無にしないでください〜」 少し膨れるリアナにシルスはかるく謝りつつも話を進める。 「わるかったわよ。でもそんなことよりもさっさと街道を渡る手段を幾つか考えとかないと」 「むー…。そうですね、まずに街道の近くで観察をしてから判断するのはどうです?」 「そうね。だったら――」 「みんなで泳いでわたろう〜!」 「却下よ、フィリス」 「却下ですね、フィリス」 「はう!?」 言葉のダブルアッパーがフィリスに炸裂した。 08:12 A.M.- 「セリアー! どこ行ってたんだい、心配したじゃないか…」 男が近づいてきたセリアを見るや否や抱き締めて持ち上げた。 「ごめんなさい、お父さん。でもそのお陰で珍しいお客さんを連れてきたの〜」 セリアが傍らに待機したレイヴンに視線を向けたので、男をセリアの視線の先を見た。 「これはこれは。ネウラさん、お久し振りです」 セリアを抱きかかえたまま丁寧にお辞儀をする男。 「イースペリアの影響で随分と忙しい様だな」 「ええ、お陰様で。昨日も施設に篭って調整にかかりっきりだったものでセリアと一緒にご飯が食べれませんでしたよ」 「お父さん、仕事はちゃんとしなくちゃ〜」 父親に叱咤するセリア。父親であるウィリアム・バトリは少し慌てて弁解をする。 「分かってる分かってる。セリアがそう言うと思ってちゃんとしていたさ。もっとも、だからと言って結果が出ているわけではないからね…」 「じゃあまたネウラに手伝ってもらえば〜?」 「うーん…。それはそれで魅力的なんだが――」 ウィリアムはレイヴンの事情を知っているために今回頼んでいいものか悩んでいる。 「別に構わん。俺は既にバーンライトとの関係性は絶っている。 それに今さらラセリオの情報を得ても意味を成さないのは知っているだろう?」 「そうだよ〜。今さら向こうにラセリオの今を知られても問題はないんだよ」 「…それもそうだ。では頼んでも宜しいですか?」 レイヴンの言葉にセリアが補足してウィリアムは納得して頼む事にした。 「ああ」 「では行きましょうか。セリアもこのまま一緒に行くかい?」 「暇してたから行くよ〜」 08:24 A.M.- 「いっぱい居るわね…」 「居ますね…」 「お見張りさんもいる〜」 川沿いにたどり着いた一向はとりあえず橋が見える地点まで接近をして考える事にし、今丁度観察をしている真っ最中である。 最も、人間の可視距離よりも倍以上離れているので見つかりはしない。 「川幅も広くて歩いて渡れる深さでもない。泳いで渡るのもずぶ濡れを覚悟しなくちゃいけない」 「渡ったとしてもそこからまた街道を横断しないといけなくて、濡れていては一層怪しまれますよね…」 「これぞまさに八方塞がりー…?」 「…フィリス。今そんな事を言っている暇があるならフィリスもどうすればいいか考えて頂戴」 「うにっ」 「どうしましょうか? 時間的にはイースペリア側から回れるけれども、結局は街道と川を渡る順序が変わるだけですし…」 「……考え中よ」 一同は橋へと注視する。橋には馬車や大きな荷物を背負った男達が往来しており、橋を渡っていない時間が見えない。 「――あれの中に混ざって渡るにはあたしたちは軽装だから怪しまれて呼び止められたら即アウト」 「誰も居なくなるのを待つとしてもそれがいつになるのか分かりませんしね」 「見張りがいるから数が減っても呼び止められる可能性も高いから始末に悪いわね」 「泳いで渡ったとして、街道で見つからない自信はないですし…」 「濡れいる時点で見つかったりしたら密入国者に間違われたりしたらなお悪いだろうし…」 沈黙。意見を出し合うもピンとくるモノではなかった。 「本当に八方塞がりですね」 「…言わないで」 溜め息交じりに先ほどフィリスが言った事をリアナ言ってシルスも溜め息。 「時間的にはまだあるのよね?」 「今はまだ大丈夫ですれど…あまりここに居ても良くないのは確かですね」 太陽はまだ45°を少し過ぎた程度。それでも時間が止まらずに進んでいくので焦りを感じる。 「そういえばフィリスのアレは何してるの?」 「何でしょうかね…?」 フィリスは河の傍へと寄って橋と川を凝視している。 「何をしているのフィリス?」 「んー…」 傍らに来たリアナの問いにフィリスは河をじーと見つめて考え中の様子で。 「リアナお姉ちゃん」 「何?」 「泳いで橋のしたをもぐるのはどうなの〜?」 「潜る…?」 フィリスの言っている意味をリアナは少し思案する。 「――それだわ」 が、その前にそれを聞いたシルスが答えていた。 08:37 A.M.- エーテル変換施設の前へと着いたレイヴンとバトリ親子。彼らは施設前で検問にかかっていた。 「――というわけで彼は私の知り合いの技師なんですよ」 「だからと言って部外者を通すわけには…」 「今は調整のための技術士が足りずに皆連日の徹夜で疲労が溜まっているんですよ。 彼はこの若さでかなりの知識を持っているのでどうしても手伝ってもらいたいのです」 「うーむ。…しかしだな――」 閑話休題、先ほどからウィリアムがエーテル変換施設の衛兵部隊長との交渉をしている。 それを傍でレイヴンとセリアは眺めていた。 「長引いているね〜」 「向こうも仕事柄、簡単に入れる事は出来ないのは仕方の無い事だ」 「そうだけど〜…それじゃ、わたしがちょっとお父さんを助けますか」 そう言うとセリアは話し合っているウィリアムの下へ。 「――お兄さーーん♪」 可愛らしい声でセリアが部隊長に声をかけると、彼は難しいそうな顔を一気に緩めた。 「おや、セリアちゃん。今日も可愛らしいね」 「えへへ、ありがとう♪ ねぇねぇ、どうして入れてくれないの?」 「それはね。この建物は国のとっても大切場所だから知らない人は入れられない決まりなんだよ」 「わたしはお兄さんとお友だちだからはいれるの〜?」 「そうだよー」 まるで自分の孫と話しているかの様に軟化した部隊長。 セリアはそのまま愛らしく悩んだ顔をする。 「お兄さんとわたしはお友だちでー、あのお兄さんはわたしのお友だち。だから一緒にはいっても駄目なの?」 「うーん、それはちょっと…」 「――ダメなの…?」 目尻に涙を溜め込むセリア。そのまま部隊長を見上げてうるうるさせる。 「う…」 「わたしのお友だちはダメなの…?」 勝負あり。レイヴンは入れる事となりました。 08:44 A.M.- 「これって確か何かの皮で出来てるんだっけ…」 「レイヴンが言うにはエクゥ(馬の様な動物)やエヒグゥの皮を薄くして幾重にも重ねているらしいですね…」 「動物性油も皮に馴染ませるために何回も上塗りして防水性を上げたとも言っていたような…」 「油と水は混じり合いませんからね…」 「……本当に濡れないわね」 「……そうですね」 「………何匹くらい使っているやら」 「………聞かない方が懸命なのかも」 「?」 「何でもないわよ、フィリス」 「うん。知らなくてもいい事ですよ?」 08:49 A.M.- 「ラスェルを使ったな」 「あ、わかった〜?」 施設内を歩く一行の先頭を行くセリアが口の中から小さな小粒を幾つか吐き出す。 ラスェルの残りである。この野菜そのものは調味料のかなり苦味のある物で、直接食べると非常に苦い。 「涙の溜まり方が何かの刺激で生じる類でその直前に口で何かを噛んでいたのでな」 「うーん。あの小父さんには気がつかれなかったにな〜」 「あれはいつもやっているのか?」 「あれ? あれはね、大人の世界を上手に回るコツなんだよ〜」 「…セリア。出来れば私の前では他人を『お兄さん』と呼ばないでくれないかい。私は大変悲しくて悲しくて――」 少し本泣きをしながらレイヴンの隣を歩くセリア父。 「お父さんと一緒にいる時間が増えるんだから我慢我慢」 「ううむ…。娘と居られる時間を取るか、それとも『お兄さん』を使わせないべきか…」 必死に悩むウィリアム氏。 「いつもこれなのか」 「そう、お父さんはいつもこうなの〜」 08:57 A.M.- ラセリオ北側の橋で今の時間帯はもっとも通行量の多い時間であった。 特に首都ラキオスへと向かう荷馬車が多く、今からならば夕方には着くからである。 「――聞いたか? イースペリアの方の門では色々大変らしいぞ」 「聞いた聞いた。何でも食糧不足とかでイースペリアの奴らがこっちに来たがって対応に奔走させられているんだろう?」 行き交う人々の中で監視のために立っている兵士が話をしている。 「チッ。あんな大きな面をしておいて何にも出来ない国なんかがどうしてこのラキオスより上なんかね」 「子供を産んだばかりの女王が何か出来るわけでもないのにな。女が国を動かしているのがそもそも間違いなんだよ」 「そうそう。女は家の中で男の帰りを待ってればいいだけなのにな」 橋の淵に寄りかかって雑談をしている兵士は、下で流れる河を見てはいない。 よく目を凝らして見ていれば、ほんのり暗い影三つが流れと共に流れて行っているが見えたであろう――。 09:07 A.M.- 橋よりも西へとかなり下った所で河の中から頭を出す三つの丸い物。 「成功ですね」 緑の頭のリアナが微笑む。 「まぁとりあえず、上がりましょうか」 「うにっ」 黒の頭のシルスがそう言って蒼い頭のフィリスが同意した。 すいすいと河を泳いで河岸へと上がり、頭を振って水気をなるべく飛ばそうとする。 「うまくいきましたね」 「潜って橋の下を渡りつつ、流れに沿って街道を通過する分を稼ぐのは盲点だったわ。フィリスの案は最適だったわね」 「うにっ!(胸を張る)」 防水性の皮に包んでいた服や荷物一式を確認する。 「…あたしたちもあいつに感化されてきたわね。真っ裸で潜水するなんて」 「お陰で服は濡れる事はなかったんですけどね」 「それはそうだけど……それを恥かしがらないあたしたちもどうかと思うけど」 「うふふ♪ そっちの方に目覚めちゃいましょうか?」 「――そう言って両手をわきわきさせて近づかないで、リアナ…!」 「わたしも〜♪」 「フィリスも便乗するな〜〜〜!!?」 09:19 A.M.- 「しくしくしくしくしくしくしく…」 「お父さん、そう落ち込まないで。元から分かってたでしょう、ネウラがかなり凄い奴だなんてことは〜」 「しかしだよ、セリア? 私は娘の前で出来なかったことを彼はあっさりやられて込み上げて来るこの無力感。 格好良い所を見せたいこの父親心には大変悲しいんだよ〜〜…しくしくしくしく」 「もー…。ごめんね〜、ネウラ。せっかく難題を解いて貰ったのに〜」 泣き崩れているウィリアムを放置してセリアは傍らのレイヴンに謝る。 「問題なかった。少しばかり計測器の情報を統合して微調整を行っただけだ、さして難しくもなかった」 「…うーん。お父さんにトドメかも」 「しくしくしくしく…私は娘にも良いところを見せられない駄目駄目な親なんだ――しくしくしく…」 「もう、お父さん。お父さんはいつでも格好良いだからそんなにめそめそしてると本当に駄目駄目だよ?」 「それはいかん! 私はいつでも格好良い父親で居てあげるぞ、セリア!!」 お父さん、娘の格好良い発言で復活。娘も娘で元気になった父親に拍手を送っている。 「親馬鹿とはこういう事を示すのか――」 傍らでその光景を見ているレイヴンは感慨深げに呟いた。 娘に元気つけられたウィリアムは目の前の設備と向き合って作業を再開。 セリアはそんな父親が背を向けた瞬間にこちらへと振り向き、舌を出して悪戯に成功した子供の表情を向けた。 09:25 A.M.- 「まったく〜。あんなんで時間を取るとは思わなかったわ…」 「むぅー、そんなことはなかったと思いますよ〜」 あの後、少し河岸で戯れていた――もとい、シルスが一方的に攻められていた。主にくすぐり地獄など。 「あんなで見つかったらレイヴンに鼻で笑われるわよ!」 「それはそれでいいと思いますよね、フィリス」 「うんっ。いっしょにあそびたかったかも〜!」 「それはそれでとっても楽しそ――」 「楽しくないわよ…」 リアナの言葉を挟んで脱力をしたシルスは周囲を見回して森の様子を観察する。 「森っていうのも、場所が変わればその様相も本当に変わるのね」 「そうですね。マナの一定範囲内の保有量や性質バランス、そして何より独自の土地柄が育みの違いを顕著にする最大の理由らしいですね」 「日の光の暖かさも向こうとはなんか違うしね…」 「ぬくぬくしてあったかい〜」 リュケイレムの森の中を少し散策し、適度に開けた場所でシルスたちは腰を下ろしている。 今は裸では無いものの、下着姿で身体や髪の毛が吸っている水気を乾燥させているのであった。 09:37 A.M.- 「――スピリット…? 本当にスピリットがこんな所に…」 「だから言ったろう。衛兵の奴がちょろっと漏らしていたんだよ」 シルスとリアナがバッと顔を声がした方へと向けると、そこには複数の男達が居た。 「やばっ」 「ぬくぬくし過ぎて周囲の警戒を怠ってしまいましたね…」 既に髪と身体の水気は無くなって服は着ているものの、レイヴンとの約束の時間までまだまだあるのでのんびりしていたのが仇となった。 「一匹でも連れて行けばしこたま遊べる金が手に入る。見ろよ、黒い奴が居るぞ。あれは特に高いんだぜ?」 「本当か」 「そういや黒の妖精は数が少ないから研究材料にも欲しいとか聞いた事あるぞ!」 男たちがシルスたちを見ながら話し合っている。シルスたちはそれを見ながら荷物の配置を確認する。 「(――リアナ、フィリス。逃げるわよ)」 「「(こくりっ)」」 視線での合図で二人は小さく頷く。 「そんじゃあ、とっともとっ捕まえてたんまり遊ぶとしー―」 そう言う一人の男が足を一歩踏み出して足元の小枝を割る音を鳴らす。 その音に反応してシルスたちは各々の神剣と荷物を手に男たちと反対方向へと逃走していく。 「なっ!? くそっ、追うぞ!!」 「妖精の分際で要らない手間をかせさせるなんて――まずはあいつらで遊んでからにするぞ!」 「そりゃいい、だけど俺は妖精趣味はねぇから見てるだけにするわ」 「それはそれで妖精趣味じゃねぇのか?」 「うだうだ言ってる前に追い詰めるぞ!」 09:46 A.M.- 「聞きましたか? 王から何やら重要な話があるとかで…」 「ええ、聞きましたとも。しかし一体何なんでしょうかね…?」 ラキオス王国首都ラキオス。国の中枢たるラキオスの城では定例の会議が行われようとしていた。 既に多くの文官や仕官が大きなテーブルへと席についており、残すは王の到着を待つのみである。 09:55 A.M.- 「ラキオス王のご到着である!」 全てを見渡せる一際豪勢な椅子の側面側に存在する入り口から衛兵が入ってくるなりとそう言った。 その言葉に雑談をしていた者たちは静まり、一斉に立ち上がって扉へと注視する。 衛兵が扉の脇へと立ち、頭を下げる。そして入ってきたの一人の男。 生やし始めた様な顎ヒゲを伸ばし、橙色を基調とした服装の男は自信に満ちた表情をしている。 その男が席で立っている者たち一弁すると、皆が一斉に頭を下げた。 「座るがいい」 男が言うと、皆は頭を上げて各々が席に着く。 席についた皆はこれから言われるであろう発表を待って沈黙をしている。 男は皆の視線にニタリと笑い、言った。 「諸君には会議を始める前に言っておく事がある。私自ら得た非常に重要な情報である」 ここで一旦言葉を区切り、ざわめく反応を心地良さそうに男は感じる。 「静粛に」 再び静まり返る場。 09:59 A.M.- 「その情報とは――」 この男、先日この国の王として就任したばかりのラキオスの国王、ルーグゥ・ダイ・ラキオスはバーンライトとの戦いの結末に大いに不服であった。 就任した直後の戦争で名声を広める恰好の機会を逃してしまっていたからである。これを機に、挽回を目指す材料をこの場で言うのであった――。 「ラセリオにバーンライトのスピリットが侵入したという」 今度は直ぐに騒がず、一瞬の空白をもって大きくざわめく。 その様子にラキオス王は皆の前でさらに笑みを濃くしたのであった――。 10:00 A.M.- |
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